生徒に直撃インタビュー Student's Voice
サックス科 山田彩
『キラキラしてますか?』
私が初めて楽器に触れたのは小学2年生の時。
姉が、ブラスバンドに入っていたのがきっかけです。
始めはクラリネットで(これも姉の影響ですね 笑)、小5の時に「ん〜、何か違う。違う楽器吹きたい?」と思い始め、丁度人数が足りなかったサックスパートに移ったのです。
そこで私は、出会ってしまったのです…テナーサックスに。初めて吹いた時の感動、ドキドキは今でも鮮明です。毎日サックスに恋しているんです。大好きです。
私がサックスを吹かない日は無かったし、私の人生の中で、サックスを吹かなくなる日が来るなんて、考えたことも無かったですね。まあ、考える必要もなく吹いて居られる状況だったんでしょーね。幸せな事です。だから、毎日楽しさや悔しさ、嬉しさやくるしさ、そして感動、達成感や充実感など沢山の感情を全身で感じながら、下手なりに毎日キラキラ生きていたように思います。
しかし、そんな私に、ある転機が訪れます。簡単に言うならば、勝負に負けたんですね。
私はそれをきっかけに、賞(結果)にこだわるようになりました。こんなに苦しい思いをするのはもう嫌だって。サックスを上手くなるために、そして勝負に勝つために、吹奏楽が強い大学に行きました。どんな辛い厳しい練習でも耐えられる自信もありましたね。
何がなんでもしがみついて行こうっておもいましたよ。
そんな思いをただただ抱えながら、待望んでいたはずの結果を得た時に待っていたのは、空っぽになった心でした。
賞を取るまで気付きもしなかったですね、自分が何のために楽器を、音楽をやって来たのかを見失っていたなんて。頑張って練習してきた事は確かだし、昔に比べれば、実力だってついていたのに。でも、その時既に疲れ切ってしまっていた私は、一人遠征先のホテルで呆然としていました。一体、何をしてきたんだろう…って。
サックスを大好きだった気持はどっかへ行ってしまい、勝負にこだわり続けた日々は、思い出せば、正直本当に辛い事しかなかったです。毎日不安で、怖かった。それからは楽器を吹くことが苦痛で、引退までは責任だけでやっていました。
引退後は、一切音楽はやらない、やりたくない、違う物を探そうと、社会人になり、仕事だけの日々を選びました。そうだ、ずっと音楽ばっかりで、遊んだ事もないから遊ぼう!と、始めは色んな事が初めてだったから、それなりに楽しかったですね。でも、目的のない生活は長くは続かず、何かやろう!と、何故かずっと興味があった心理学の勉強を始めました。勉強が奥深く進むにつれて、徐々に仕舞い込んでいた本当の自分の気持が、私が気付くのを待ってたようにヒョコッと顔をだしました。たまらなく私は、サックスが吹きたくなって、二年ぶりに楽器を持って、公園まで自転車を走らせていました。それから、メーザーに入るまでは一ヵ月位だったでしょーか(笑)私十月入学なんですが、願書も締切ギリギリだったし、ブランクも凄くあったんですが、四月入学?待てない待てない!早く始めたいんだと迷いなんて一切無かったんですね(笑)
わたしは今、良い意味で退行しています(笑)楽器が大好きだし、こどもの頃のように、ひとつひとつが新鮮で、ドキドキしています。もちろん、出来なくて、うわぁーってなる時もありますが。
それぞれが色んな想いを抱いている。何ひとつ間違いはないし、それでいいと私は思います。ただ、自分の気持に嘘をついて生きていてもつまらないじゃないですか!それなら、自分の目で耳で心で感じたものを信じて私は生きていたい。皆さんはどうですか?
飛び込んでみれば、新しい自分に会えるかも知れないですよ!そして私に(笑)もしかしたら今はギラギラしてるかも(笑)
生徒に直撃インタビュー Student's Voice
キーボード科 森田良重
『やっと着けたスタートライン』
26歳でメーザーに入るまで、ちょっとまわり道をしました。
高校を卒業するまで、(自分で言うのも変だけど)ずっと優等生をやっていて、今思うと、何事も自分の意思で動いてなかったんです。いつもまわりの目を気にしていて。
音楽の仕事をしたいとはずっと思ってたけど、それも誰にも言えなかったんですよ。
結局、全然違う進路を選んだんですが、20歳でいざ社会に出るというときに壊れました(笑)
音楽やりたいけど、反対されるだろうし、もう社会人になるし、今さら言えない・・・
就職しなきゃいけないけど、心がついていかない・・・
やりたいことも、やりたくないことも、何もできない・・・
社会とどう繋がっていったらいいかわからなくて、あーダメだー!!って。
それから、すこし休養した後、就職して、働きながら音楽の勉強をしてました。
それでも、まわりに音楽の仕事がしたいとは言えなかった。
その後、仕事は忙しいし、思うように勉強できなくて、5年以上働いた会社を辞めて音楽に集中することに決めたんです。
決めてしまったら、決意が伝わったのか、まわりの反応は思っていたより暖かくて、応援してくれるようになりました。
ずっと一人で悩んでたけど、必要だったのは、自分で決めて行動することだった。
そのことに気づくのに何年もかかっちゃいました。
でも、社会人経験の中で、そういう自分に足りない部分に気づいたりして、私にとっては必要な時間だったのかも。
そして今、やっとスタートラインに着けた感じです。
メーザーで勉強しているときに、年齢のことは気になりません。
大事なのは、どれだけ本気で真剣にやっているのか。
夢中でやっていると年齢とか、人からどう見えてるとか、逆に人がどう見えるとか、気にしている暇が無いと言った方がいいのかな?
それでも、技術的な事とか人と比べて落ち込んじゃうときもあるけど、自分の目標を見失わないように、気持ちを強く持つようにして、頑張ってます!!
20歳の頃の私みたいな人がいたら、私の奏でる音楽で元気づけられるようになりたいんです。
生徒に直撃インタビュー Student's Voice
ヴォーカル科/バンドヴォーカルコース 三村亮平
『アタシの敵はアタシ自身』
アタシは自分の声が嫌いだった。小さい頃は本当にガラガラ声で友達の高い可愛い声に憧れてた。家ではETとかドナルドの真似をよくしてたな (笑っ)。とにかくハスキーだね、とか言われるのスッゴイ嫌でコンプレックスを常に感じてた。
家では常に音楽が流れてた。父親が音楽マニアで、いつでもどこでも流れてたな。その頃は、洋楽になんて興味なかったし意味わかんないから日本語の曲をかけてってケンカをよくした覚えがある。
アタシは小学校の四年生くらいに転校したんだけど、そこではクラブがあって友達に誘われて合唱部に入った。最初はノリだったけど!でもそこで定期的に歌うようになって声が出るようになって歌う楽しさを初めて知った。
中学に入ってなんか洋楽ってかっこよくね?って思ってブリトニーをジャケ買いした。単純なアタシはブリトニーみたいになる!とか思って一人で踊ったりしてたっけ (笑っ)。
その後はずっと洋楽。アヴリル、ミシェルとかガールズロックが一気にブレイクしていって、アタシもその波に乗ってた。アタシがしたいのはロックだ!世界を揺るがすロックシンガーになる!なんて本気で思ってたな。
高校に入って軽音部に入ってコピーバンドをやり始めた。今となれば最後までやって良かった、成長できたって思えるけどその当時は辞めたくて仕方なかった。やりたくて始めたのにずっとやらされてる感があったから。音楽性とか、皆で1つの事をやるのはやっぱり大変な事。でも、コンプレックスだった声を誉められる事が多くて自分の声も好きになれてきた。
メーザーに入ってからも声について言われる事が多くて今ではアタシの一番の武器。アタシがメーザーに居るのは人として魅力を感じられる先生に出会えたから。先生の事が大好きなんです (笑っ)。
アタシは今21歳。こんな年になっちゃったよって思う反面、社会からしたら全然若いんだよ。まだまだアタシはやりきったなんて言えないし歌いたいから歌う!あぁ、こんな世の中やってらんねーって思う事もあるし、意地悪されたり、否定される事なんてこの先だって絶対あるだろうけど、最終的には自分との戦い。アタシの敵は他の誰でもなくてアタシ自身なんだって最近強く思う。だからアタシは自分に負けないで、歌い続けていきたい。
生徒に直撃インタビュー Student's Voice
ドラムス科/プロミュージシャン・コース 佐藤聡
『今だから思う事』
こう見えても最初に興味を持った音楽というかアーティストは、尾崎豊でした(笑)
それから姉貴にXーJAPANという存在を教えてもらって、YOSHIKIの世界観に衝撃を受けましたね。
中学2年の頃に、BANDにも興味を持って、GuitarやDrumを買ってみたものの、周りの友達はゲームだのテレビだの…全く相手にされず、BANDも組むことも出来ずに中学という青春は終わりました。
初めてBANDを組めたのが、高校二年の夏。COPYの曲ばっかりやって、はしゃいでました。高校二年の文化祭が、自分にとっての初LIVE。下手くそながらも楽しんでやれました。
それから通ってたスタジオ主催のLIVEに参加させてもらったり、LIVEで知り合った大学生のイベントに参加させてもらったりと、意外と充実した日々だったかな?と思いますね。
オリジナルを作ろうとした時に、前々から感じていた、方向性の違いという壁が立ちはだかりましたね。言ってみれば挫折?になるんですけど、オリジナルを作らず、COPYばっかりやってました。
ちなみに見た目からから分かるように、Visual系が好きなんですけど、今でいうthe Gazetteやナイトメアがメジャーになる前から知ってて…音楽性も好きなんですが、見た目から憧れていました。
自分で言うのもなんですが、姉貴が二人いまして、女々しい部分があるかないかは分からないけど、姉貴から化粧させられたりしたのが原因ですね(笑)
まぁ、本題に戻って音楽の専門に通いたいと思ったのが中学の頃からで…MESARに決めたのは、家に送られてきた学校の資料の中で、一番数が多かったからという大胆なきっかけですね(笑)親からは、『自分のやりたい道に進むのは良いけど、責任は自分で取れ。』と言われました。
正直な話、将来とかめっちゃ不安なんですけど、ひとまず夢を追いかけようと思ってますね。この学校に入学して、今だから言えることは、MESARに入学して良かったと思ってます。夢と将来の安定とを天秤にかけて悩んでいる人に、まだ先は長いから夢を追って生きていこうと言ってみたいものですね。
生徒に直撃インタビュー Student's Voice
ヴォーカル科/バンドヴォーカルコース 三村亮平
『入学から半年たって…』
音楽は小さい頃から好きだった。
特に、バンドとして活動している人達の音楽が大好きだった。
今でも好きだが、自分自身でバンドを組んでやってみたいと思たのが、高校1年。高校で仲間とバンドを組んだ。でもドラムが抜けて違うやつを入れたり、また抜けてメンバーを探したりと、まともに活動なんかできなかった。
やっと、ちゃんとメンバーが揃ったのは高2になってからだった。
オリジナルを作る時間もなく、学園祭はコピーで出た。それでもバンドはやっぱり大好きだった。
高校卒業の時期が近づき、進路の問題が出た。音楽をやりたい…でも将来は?不安もあり、結局、大学進学を選んだ。
大学に入ってもバンドをやりたくて昔の仲間とまた組むことに。でも、またメンバー集めに時間がかかった。バンドを長くやるつもりでいるから、メンバー選びも理想が高かったのかも…『バンドってメンバー集めるのが一番大変じゃね?』そんな気持ちで一杯だったし、今でもそう思う。やっとこさ見つかってもケンカしてやめた。自分でも笑っちゃうくらい情けない…時間がたてばたつほど、音楽で生きていきたいって気持ちが強くなって止められないぐらいになった。やらなきゃ後悔する。やってダメで後悔したって仕方ないとあきらめればいい。ただ夢を捨てることは俺にはできなかった。
大学を辞めて、バンドマンとして生きていくことを選んだ。やってくうちに技術や音楽理論も大切だと思い、専門校で勉強する決心をした。
メーザーを選んだ理由は、ただ『バンドコース』があったから。そんな理由だったが、決定的だった。
大学を辞めて音楽学校へ行くということは簡単じゃないし、周りも否定的なものだ。でも、今は認めてくれてる。好きなことやってるだけだとか、甘いとかたまに言われる。やらない人、やれない人、色々な人がいると思うけど、俺は俺。自分で決めたからしっかりやれる。この学校に入って基礎を習う。まだまだ全然ダメだけど、焦りはしない。1つずつやればちゃんと上手くなるでしょ。夢を夢で終わらせるつもりないから、ゆっくりと、まったりと、でもしっかりとやっていこうと思う。
この学校に入って、人脈も広がり、技術もつく。音楽をやっていく為には人との繋がりが大切なのも、より一層解った。しっかりとした目標があるからこそ、基礎や、人との繋がりを大切にしていかなきゃ…そう思ってる今日この頃です。
